介護とこころのしあわせを求めて

昨日、介護施設に母の見舞いにいってきた。

穏やかな表情をして目をつむっていたが、

僕が「おっかさん来たよ」と声を掛けたら目をあけた、

目をあけたといっても、

母の場合は視力がもう無く、

周りの風景も見えず、

まして僕の姿も見えていないだろう。

だから僕の声で母は、

僕が来た事を察するのだろう。

見舞いに来た時は、

母が元気だった頃のように、

声を掛け色々な話をする。

今日は天気がいいねとか、

つい最近あった色々な出来事の話をしたり、

僕の好きな小説や詩集を読み聞かせ、

母の好きそうな歌も時には聴かせている。

自分の仕事もあり、生活もあるので、

毎日母の所に顔を出せる訳ではない。

月に二回、多くて三回顔を出せれば良い方かな。

話は変わりますが、

僕の会社の5歳年下の同僚に、

時々仕事を一緒にするY君がおります。

Y君を僕の車の助手席に乗せて仕事するのですが、

道中長いので、色々話をします。

仕事の話、女性の話、下らない話、内緒の話、

会社の話、まあ色々と話をします。

Y君も僕と家庭環境は同じで、

お母さんが10年以上前に亡くなり、

お父さんと二人暮らしです。

それで今思い出したことですが、

Y君と約2ヶ月前に一緒に仕事したときの話、

この日は早く仕事が終わったので、

助手席のY君になにげなく

しょうがない今日はおっかさんの所に行くかと

つぶやくように言ったところ。

Y君に「かしひろちゃんお母さんの所に

行くのにしょうがないって言うのはどういうこと

そんな言い方はないだろう。」と

強い口調て注意されました。

ああそうだ、Y君はお母さんがもういないのだと。

寝たきりでも、僕にはまだ母がいて

親孝行ができるのだ。

Y君の一言で、

親孝行ができるしあわせをかみしめた。

そして僕の周りの人を大切にして、

感謝の心を忘れないようにしよう。

Y君ありがとう。